蒸餃子

茹だるような暑さではないが、こう、どこからか火の通り切っていない豚挽肉の匂いが漂ってくるような季節。夢が無いからミート社ですって?いや全てが夢なのよ!そう全て夢!夢オチ!・・・なぁんて下らない事を頭の片隅で考えながら、エアコンが一応機能していることを確認して窓を閉め、単行本なぞ読みながら教授のお出ましを待つ。



と、2つ前の席に座った阿呆が「暑ぢぃぃ」と言いながら窓を開けやがる。「すわ、湿気っ!」と一瞬にして殺気立つ周囲の者達・・・といっても僕の目の前は聴講生のおばーちゃん。「蒸し暑いわねぇ」とそれとなく聞こえるように言っていたが、ゆとり世代には通用しない。こういうのを腹芸と呼んでいいのかはわからぬが、まぁそれも通用してこそ、か。わざわざ閉めに行くのも大人気ないですか、そうですよね。誰にともなく言い聞かせながら、忙しなく団扇を動かす。





自分で色々抱え込みながら、自分で「うん、やった」と納得しながら、自分をデカく見積もりながら、やってきたんだろうと思う。あえてやっている面は確かにあった。ただ、どこかで駄目だと気付きながら「どうにかなる」と成り行きに任せていたのは、確かに甘えとしか言えないかな。あと伝わらない部分も多かったし、そもそも伝えたいものが不明瞭だったのかもしれない。


「男の子きらーい。でもおばーちゃんちのオハギはだーい好き!」


餡子であれ黄粉であれズンダであれ、おばーちゃんちのオハギであることには変わりない。イチゴ大福のイチゴにならないよう気をつけていたが、イチゴにはなりたくないし、そもそもなれもしなかったのにただ気にしていた。でも黄粉になら、なっていい。




「誤解されない人間など、毒にも薬にもならない」、自分の発した言葉が、確かに自分に返ってきた。